【浸炭・窒化】浸炭・窒化による鋼の表面処理
浸炭・窒化は、鋼の表面処理として広く行われる材料改質方法です。浸炭・窒化処理を行った製品は、連続的な摩擦を受ける圧延機の軸受や自動車のエンジン・クラッチなどに適用されます。
鋼の硬化方法として一般的な焼入れは、耐摩耗性を向上させることができますが、材料内部まで硬くなるため、その分、材料の粘り強さを示すじん性は損なわれてしまいます。
そこで、材料表面のみを硬化させて、その内部はじん性を保ったままという2つの材料特性を両立させるのが、浸炭・窒化による鋼の表面処理となります。
目次
浸炭(carburizing)の処理方法
浸炭とは、金属の表面に炭素を固溶させて表面のみを改質する熱処理です。浸炭のメリットは、材料表面は硬く、内部は粘り強くなり、疲労特性の向上が可能になることです。
適用される箇所は、摺動部分などの自動車のエンジン、クラッチの部品、重機や圧延機の軸受などに適用されます。 ここでは、浸炭について「固体浸炭」「ガス浸炭」「液体浸炭」の3つの方法を解説します。
固体浸炭(Solid carburizing)
「固体浸炭」は、最も簡便な浸炭方法として知られています。浸炭したい部品や製品を鉄製の箱に入れ、木炭と促進剤(BaCO3 ・Na2CO3)を浸炭材に充てんし、耐火粘土で箱を密閉します。 その後、炉中でオーステナイト域の850℃~950℃に数時間加熱したのち、炉外で冷却させます。
浸炭させたくない箇所には、Cuめっきを施します。Cuは炭素の固溶限が低いために炭素が固溶しにくいことを利用しています。
ガス浸炭(Gas carburizing)
「ガス浸炭」は、雰囲気制御によって無公害かつ経済的で、材料の調整が容易であることから工業的に広く使われている手法です。
通常、鋼を大気中で加熱すると表面が酸化され、それに伴い炭素は酸素と反応し脱炭されてしまいます。 一方で、ガス浸炭は炉内の雰囲気を制御することによって炭素を鋼中に拡散させます。
ガス浸炭のメリットは、固体浸炭に比べて加熱時間が短く、制御も簡単であり、浸炭が均一に行えることです。また、雰囲気制御と加熱時間による表面の炭素濃度の調節も可能です。さらに、浸炭と脱炭もしない状態にし、表面を酸化させない状態にできるため、浸炭後に光輝加熱からの焼入れを行うことが可能です。
これを利用した「浸炭焼入れ」は、浸炭させた鋼を光輝状態に加熱後、焼入れを行います。その目的は、浸炭による表面硬化に加えて、焼入れによる耐摩耗性の向上です。通常、焼入れができない低炭素鋼(S15CやSCM420など)の表面を焼入れ可能になるまで炭素濃度を調整して、焼入れが行われています。
液体浸炭(Liquid carburizing)
「液体浸炭」は、シアン化合物を主成分とし、NaClを加えた浸炭剤を鉄製容器にいれ加熱溶融させた塩浴中(溶融NaCN)に、鋼を含侵する処理です。このとき、シアン化合物の分解で生じる一酸化炭素と窒素によって、炭素と窒素を同時に浸透させることが可能です。
浸炭と窒化を同時に行うことができるため、液体浸炭法は「浸炭窒化法」とも呼ばれています。
溶融NaCN中の鋼は、温度700℃前後で浸炭と窒化の浸透しやすさが異なります。700℃以上では、炭素が侵入しやすく、700℃以下では、窒素が侵入しやすくなります。 この方法は、処理温度が低いために歪みが少なく、処理時間が短く均一に処理でき、操作が簡便ではありますが、NaCNは猛毒のシアン化水素を発生させるため、扱いには十分な注意が必要とされています。
参考 鉄鋼材料 日本金属学会 8. 鋼の表面硬化法 P117~P127
https://tohkenthermo.co.jp/technology/carburizing/
https://www.monotaro.com/s/pages/readingseries/kikaibuhinhyomensyori_0703/
窒化(nitriding)の処理方法
窒化とは、炭素を固溶させる浸炭とは違い、鋼の表面に窒素化合物層をつくることで材料改質を行う方法です。
表面を窒化させた鋼の特長は、表面の窒化物層は硬く耐食性にも優れており、表面付近は圧縮残留応力が発生しているために、高い疲労強度をもっています。 鋼の焼入れと比較すると、窒化は処理温度が低いために変態点以下で窒化が進行するので寸法変化はほとんどありません。
ただし、窒素化合物層は、0.1mm程度であるため衝撃を受ける用途には適用されません。窒素化合物層が表面近傍だけになってしまうことからも、窒化後の加工は困難とされています。
用途としては、エンジンのシリンダー、プラスチック押出機、加工機械の軸受、ダイカスト機械、ポンプ・圧縮機などに適用されています。
ガス窒化(Gas nitriding)
「ガス窒化」は、アンモニアガスと窒化用に調整した窒化用鋼が必要になります。一般的な炭素鋼をアンモニアガス中で加熱しても、もろくなるだけで硬化はしません。
鋼を硬化させるためには、窒化用鋼を必要とし、Al, Cr, Ti, Vなどが添加された鋼です。これらの添加金属元素は、鉄よりも窒素との親和力が強い添加元素で、窒素と化合した窒化物となり、それらが分散析出することで硬度が上昇します。
ガス窒化の方法は、あらかじめ窒化用鋼を焼入れ焼き戻しを行い、じん性を改善させたのちに、無水のNH3の気流中で、500~550℃に長時間(20時間~100時間)加熱後冷却して窒化物層を形成させます。
軟窒化(Soft nitriding)
「軟窒化」は、KCN・KCNO・Na2CO3を安定剤とする溶融シアン塩浴を用いて、Tiライニングを施した容器中で、約570℃・1.5時間処理して行う方法です。 処理後は、約300℃・1時間程度の焼きなましが行われます。
先述した液体浸炭と同様に処理時間の短縮と一般構造用鋼も窒化が可能であることがメリットです。
軟窒化と呼ばれる理由は、一般構造用鋼を窒化した際にはHV500~700であり、窒化処理としては軟らかいため軟窒化と呼ばれます。一方で、ガス窒化法では、処理温度によっても硬度は変わりますが、最大でHV1000程度まで硬化されます。
しかしながら、排水処理やシアン化合物を使用するため、扱いに注意が必要であり処理方法としての利用は減少しています。
イオン窒化(Ion nitriding)
「イオン窒化」は、無公害の窒化の処理方法として利用されています。
ガス窒化は、長時間の処理時間がかかり経済的ではないこと、軟窒化法では公害排水やシアン化合物を使用する注意が必要でした。 そこで、イオン窒化はグロー放電により、イオン化した窒素を鋼に衝突させ、FeNという窒化物の生成とその吸着が表面近傍で起こり窒化物層を形成します。
イオン窒化のメリットは、無公害である、窒化速度がガス窒化と比較してはやく経済的に優位である、処理ガスはN2+H2混合ガスを用いるために、酸化物の発生を防止できることです。
デメリットとしては、窒化する製品の配置、形状、質量によっては、窒化層が不均一になりやすいことです。
ガス軟窒化(Gas soft nitriding)
「ガス軟窒化」は、雰囲気制御によって軟窒化する方法です。これは窒化用鋼を用いることなく窒化することができ、一般構造用鋼においても窒化が可能です。
その硬さは、HV500〜700となるが、Cr鋼を用いれば、HV1000以上の硬い窒化層を形成できます。
ガスは、RXガス(CO+H2+N2):NH3=50:50の雰囲気中で、処理温度は、550℃〜600℃で30分程度の短時間での窒化が可能です。
ガス浸炭と同様に適切なガスとガス雰囲気をコントロールすることで、ガス窒化よりも短時間で窒化が進行します。
参考
https://tohkenthermo.co.jp/technology/carbonitriding/
https://www.monotaro.com/s/pages/readingseries/kikaibuhinhyomensyori_0704/